ピエール・カミュとは誰か

今年のフルートの発表会には、フランス近現代の曲を取り上げたいと思っていました。好みは分かれると思いますが、光と陰と色彩感がいかにもフランスを感じるところが気に入っています。フルートの重要レパートリーがぎっしり詰まったジャンルでもあります。

今回選んだのがピエール・カミュの「シャンソンとバディヌリ」という曲です。

カミュというのはマイナーな作曲家であり、ムラマツの楽譜販売サイトの楽曲解説でも「作曲者カミュについては定かなことは分かりませんが」となっているほどです。しかし、やはりこれでは気持ちが悪いので、カミュについて色々調べてみました。

日本語の情報は皆無なので、海外の「シャンソンとバディヌリ」の説明を見ると:

ピエール・カミュの「フルートとピアノのためのシャンソンとバディヌリ」は、1913年のパリ音楽院コンクールのために作曲され、パリ音楽院のフルート教授アドルフ・アンヌバンに献呈された。

この作品は、後期フランス・ロマン主義に典型的な対比を特徴としており、憂鬱で歌心あふれるシャンソンに始まり、その後、高度な技巧を要する、活気に満ちたバディヌリが続く。

作曲された1913年はピエール・カミュにとって重要な年であり、パリ音楽界で認められる地位への進出という点で特筆すべき年であった。フィリップ・ゴーベールとポール・タファネルにフルートを、ガブリエル・フォーレに作曲を師事したカミュは、初期のキャリアの絶頂期を迎えていた。彼は当時、権威あるローマ大賞(1911~1912年)の最終選考に残る成績を残した。

1913年当時、アドルフ・アンヌバンはフランスにおけるフルートの第一人者であった。この曲をアンヌバンに献呈したことは、カミュが若手実力派としての地位を確立していたことを示している。

パリでのこうした著名な委嘱作品の制作に続く時期を経て、彼はアミアン音楽院の院長に就任し、1921年から1948年に亡くなるまでその職を務めた。

<出典>
https://masteringtheflute.com/en/flute-repertoire/camus-pierre/chanson-and-badinerie-for-flute-and-piano-200/558

Wikipediaの英語やフランス語版にはほとんど情報がなく、なぜかロシア語版だけまとまった記事になっていました。下に翻訳(一部省略)を示します。

ピエール・エミール・レオン・カミュ(1885年4月17日パリ-1948年6月1日アミアン)

パリ音楽院卒業。ポール・タファネル(フルート)、シャルル=マリー・ヴィドール(作曲)、ジョルジュ・コサード(対位法)に師事した。第一次世界大戦に動員され、1915年にクルイ近郊での戦闘中にドイツ軍に捕えられた。彼は1919年2月まで捕虜としてドイツやポーランドで収容所生活を送った。この間、彼は管弦楽組曲『亡命者の印象』(フランス語:Impressions d’exil)を作曲した。解放された後、彼はパリのコロンヌ管弦楽団にフルート奏者として入団し、高等音楽院で教鞭を執った。

1922年から亡くなるまで、彼はアミアン市立音楽院の院長を務め、和声と室内楽を教えた。彼はアミアンの音楽界の発展に尽力し、1933年にはアミアン交響楽団を創設した(同楽団は1964年まで存続)。彼はレクイエム(1931年)のほか、室内楽曲や声楽曲も作曲した。

彼は作曲家エミール・シュヴァルツの娘、ヒルダ・マリア・シャルロッテ・シュヴァルツと結婚した。

<出典>
https://ru.wikipedia.org/wiki/Камю,_Пьер

戦争で苦労もしたようですね。捕虜生活を送ったことなど、前の記事より生涯の全体像に近いものになっています。

前の記事では作曲をフォーレに師事したとなっていますが、こちらの記事ではヴィドールとあり少々違いますね。しかし人生では沢山の師に出会うのが普通です。何を誰に師事したかについて、本人以外が簡単にまとめるのは無理があるのでしょう。

作曲家のことも少しは分かったので、すっきりと練習ができそうです。

今日は鉢植えのバラ「スイート・ドリーム」がきれいに咲いています。