ガラスの家の主

神戸市立小磯記念美術館で開催中の「生誕120年 三岸節子展」を観に行きました。

画家・三岸節子(1905-1999)を知ったのは、NHKの「気になる家」という番組でした。これがとても面白かったのです。作品を鑑賞する際、画家の生き方とセットだと、感じることの幅が広がります。作品を見てみたいと思っていたところ、ちょうど今回の展覧会が開催されました。

番組で紹介されていた家の話ですが、同じく画家だった夫の三岸好太郎は、こだわり抜いて設計してもらったアトリエの建設に着手します。戦前の東京・中野のことです。

「ガラスの建築をやらうとおもふ。」

「玄関は特に贅沢にやりたいよ。坪200円でも300円でも構はない。」

しかし、好太郎はその完成を見ることなく31歳の若さで他界。そして亡くなってみると、なんと金策はできておらず、節子に1万5千円の建築費の負担が残ります。当時、一戸建てが月に10円で借りられたということで、現在の数億円に相当するのでしょう。

節子はその家に住んで創作を行い、子供が成人してからはフランスで20年以上にわたって活動するなど、画家として研鑽を積んでいきます。


今回の展覧会では、展示は概ね時代の順になっています。マティスの影響がはっきりとわかる初期の作品から、輸入絵の具が手に入らなくなって限られた色彩で室内や静物の表現を追求した戦中、そして花や海外の風景を描いた後半生へと、画風は移り変わっていきます。

ブルゴーニュの麦畑, 1980年, 名古屋市美術館蔵

絵の具がまた手に入る時代になっても、色を使う作品を描くことは多くはなかったように見受けます。

制約の中で徹底的に工夫するということには、かえって新しいスタイルや突破口を見出すことにつながりやすい面もあるのかもしれません。